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オモイ Archive

My Favorite Things

そうだ、プログラムを書こう。

明日と言わず今日からでも。

あとついでに文章も。

アンサー日記

昨日の記事「横須賀」に対する、田中さんのアンサー日記wが出て来た。(2009/2/27の日記デス)

昔はよくオフ会とかに対してこういうこと(同一のイベント・事象に対して、複数の人間が異なる視線・視点から一斉にレポートをupする)をよくやってたんだけど、久々にやってみるとやっぱ面白いですね。
当事者たちは面白がってるけど、傍から見てる人たちにもそれが伝わってくれているのかという懸念はありますが・・。

あと一部誤りがあったので、こっそり訂正入れてたりします。
×「遠吠え日記」 → ○「遠吠日記」
×「書棚」 → ○「自慢の書棚」

横須賀

先日、田中さんと横須賀で飲んできた。
田中さんとは、本サイトでも度々登場する「文学の遠吠え」の田中さんだ。
ちなみに田中さんとは、ニフティサーブ(というパソコン通信サービスが昔はあったのですよ。インターネットとか普及する前の時代のお話デス)の文学フォーラム時代からの知り合いで、当時私は大学2年とか。気が付けば軽く13年以上前だっていうのだから恐ろしい。

ニフティのフォーラムというのがどういうモノだったかというのを、今の人にわかってもらうのは少し難しいかもしれない。一番近いのはmixiのコミュニティだろうか? ニフティが用意した様々なテーマ(私はたまたま文学しかやっていなかったが、他にも、野球だとか映画だとか音楽だとか競馬だとか様々なテーマが存在した)に分かれたコミュニティに、サービス利用者はまず入会登録を行う。
で、その中でさらに目的別に細分化されたスレッド(ニフティでは「会議室」と言った)があり、主にそれらに書き込んだり読んだりすることによってコミュニティが運用されてゆく。
会議室には番号が振られていて、確か覚えている限りでは・・1番が自己紹介。4番が長編創作、5番が実験創作、8番が日記(これは結構後半に出来た)、9番が創作に対する感想、10番が確か「壁」という一言つぶやきの部屋。あと期間限定で音楽バトルとか、小難しい論理を語るトコとか、短編創作の部屋とか・・あんなに本気でやってたのに意外と覚えていないことに結構ショックだったり。
イメージとしてはmixiのコミュだけど、一番違うのは文章の長さと濃さかなと。ROM(読むだけの人)というのもいるけれども、みんな文章が書きたくて仕方ない人たちなので、量も投稿数もとにかく沢山書く。1つの書き込みがエディタで2〜3画面ぶんスクロールするのが平均でしょうか。入会したての初心者が1画面に満たないような文章書いてると「甘いな」みたいな、そんな嫌な世界でした(笑
そんな状況で、さらに週の半分以上は何かしら書いてるような常連はおそらく30名前後。ゆるやかに世代は交代してゆくけれど、狭い世界で、さらに入会・退会手続きというのもあるのでその期間というのも短くても数ヶ月単位と今よりもかなり緩やか。
そういう世界にどっぷり浸かっていると常連(当時は「アクティブ」と言った)たちというのは、互いにもの凄く意識するようになってくる。毎日のように脳味噌を回線に直結させたように互いに大量の文章を垂れ流しているので、直接面識はなくても「この人結構好き」とか「コイツなんか気に食わない」とか、まあ言ってしまうと「敵か味方か(笑」みたいなそういう状況になってくるのだ。
さらにそうした状況を加速させるかのように、メール(mixiのメッセージみたいなもの。しかも妄想を刺激する開封通知機能付)、チャット、ホームパーティ・パティオ(仲間内メンバのみで利用できるクローズド・サークル。まあ、会議室がオモテだとすると、こちらは給湯室とか女子トイレとか喫煙室みたいなイメージですね。ハイ)といったサービスががっちりサイドを固めている。
あと極めつけは「公式オフ会」と呼ばれる、普段ネットでしか顔を合わせないメンツがリアルで一同に会してしまうという恐ろしい行事です。半年に1度くらい、ニフティから任命されたシスオペ・サブシスと呼ばれる管理者が主催するので、信頼性も抜群。主に東京で開催されるのですが、遠方から遙々駆けつける方も結構いましたよ。
そんな世界で、私も田中さんも結構な「アクティブ」をやっておったワケです。そして、オフ会なんかを重ねるうちに意気投合し、気が付けば同じ「此岸草陣営」の仲間内に。「此岸草」が何なのかというのは、どうか聞かないで欲しい。若気の至りというのは誰にでもあるのだから。
それ以来、田中さんとは(歳もひとまわりくらい離れているし、私がネットから離れていた数年間のブランクもあるのだけれど)良き友人であり、飲み友達でもあるのだった。
と、細かく当時のニフティの状況を語ってみたりしたのは、これから書く話のバックボーンとして情報の足しになるかなと思って。まあ単純な懐かしさもありますが。

そんな訳で、某日16時に横須賀中央改札前で田中さん(骨折により右手使用不可状態)と待ち合わせる。なぜ骨折してるかは「遠吠日記」をご覧下さいませ。で、挨拶もそこそこに大衆居酒屋に乗り込む。平日の夕方から酒をかっ喰らってるおっちゃん達がいる、ユートピアみたいなトコロだ。

「凄いぞ。ラピュタは本当にあったんだ!」

と内心叫びつつ、まずは一般のオトナのように近況報告なんかを肴に酌み交わす。が、いかんせん盛り上がらない(笑
リアルで会うのは久々で暖まるまで時間が掛かるというのもあるし、脳味噌直結レベルでの友人ではあるが、フツーの社会人同士としての接点はあまりないのだ。
で、マグロぶつやらホタルイカやらをビールで流し込み、麦焼酎お湯割り梅入りとかやり始める頃に、話題も携帯小説とか、私が一時実験でやってた携帯ブログ(数行顔文字満載の今風)とか、秋葉連続殺傷事件犯にとってのネットと現実とかになり、ようやくエンジンが掛かってくる。
んで、ふと気が付くと周りは満席になり、互いの声も聞きにくくなるような大盛況っぷりになってきたので、鯨の竜田揚げを〆に田中さんの家に場所替えすることにする。

電車に乗り、さらに南下すること数駅。私がピュアピュアでキュアキュアな小学生の頃、微妙に通ったことのある某駅に到着する。ちょっといろいろ懐かしい。
家に行く前に、田中さんが一軒寄ってみたい店があるという。しかも、酔った勢いじゃないと行けないような店だという。
いったいどんなけしからん店なんだと、期待・・じゃなくて気を引き締めて着いて行くと、昼間はカフェで夜は洋風居酒屋(しかも小綺麗な店内と、丁寧に書かれた手書き風メニューに好感が持てるようなお店だ)というきわめてまっとうなお店だった。

「腐ってやがる(自分が)・・早すぎたんだ(飲み始めた時間が)」

と、内心反省しつつ、小西真奈美風の店員さんにジントニックとカプレーゼを(さっきまで梅お湯割り飲んでた癖に)頼む。
ぶっちゃけ、ここでは何を話したかよく覚えていない。田中さんのiPhoneがなかなか繋がらなかったことくらいか。べ、べつに小西真奈美風の店員さんが気になって、ろくに話聞いてなかったワケじゃないからね!←なぜか今更のツンデレ風味
あー、いまなんとなく思い出したけどオレ様DBとかAppストアとかの話をしてたような気がする。

んで、小西真奈美風の店員さん(大事なことなので、本記事3回目デス)に後ろ髪を引かれつつも、1杯だけ飲んで店を後にする。コンビニで酒とつまみを買い込み、いざ田中家へ。てゆーか、サシ飲みなのにJINROのボトルとかフツーに買ってる自分にちょっと楽しくなってくる。

「卍解!(=何かを解放した、ダメな状態)」

道すがら、やけに丁寧に家までの道のりを説明する田中先輩。よくよく聞いてみると「帰りはオレ様は送れないから、今のうちに自分で道順をしっかり覚えておくように。よろぴこ」ということらしい。センセーイ、こっちは卍解どころか、始解が始まってますよ!
そんなワケで少しだけ酔いが覚め、「トンネルと坂道と車道の一本裏の狭い歩道の盛り合わせ、少し湿った夜の空気と新宿とは違うまっとうな夜空風味」を脳内に正確にインプットすることに努める。

そして田中家。自慢の書棚を眺めながら、さらに酒を酌み交わす。
話題もかなりディープになり相当面白い話をしていたハズなのだが、その時は相当に酔っ払ってたし、しかもいかんせん今この文章を書いてる自分の状況も、夜中の3時半で缶ビール3本目というアレな状況なので、さっぱり思い出せないんデスwww
ぃゃーニフティの前フリとかいらなかったんじゃね?コレ、みたいな。

「僕の本気、見せてあげるよ(by鏡音レンの暴走)」

ようは、今言われている「ネットとリアルの問題」みたいなことは、我々は10年以上前にとっくに通り過ぎてきたというのが共通認識だ。
そして、それは単純な二項対立ではないというのが共通の結論。ネットとリアルというのは確かに違う次元に存在するものだけれども、互いが互いに引き摺られる関係でもある。
ネットでの出来事(主に他者との関係性)というのは、確実にリアルな私に影響を及ぼしている。そして、重力の、しがらみの、認めたくないオノレという楔から解き放たれて自由でありたい(あり得る)筈のネットの世界での有り様も、ネットから影響を受けたリアルな私によって確実に変質している。
世はインターネットとなり匿名性と分母数の多さでネットとリアル両者の距離はさらに遠ざかったように見えるけれど、所詮それは他者から「そう見える」だけで、逆にそれはオノレの中では分かちがたい程に結びついてしまっているのではないかと。
秋葉連続殺傷犯の彼は、過疎化した(そういう場所を敢えて選んだという話もある)ネットの片隅でオノレと異なるオノレを演じ続けることにより、自家中毒に陥り、結果的にさらに深い闇に堕ちていったのではないか。

蛸壺的なオンラインの閉鎖空間で、人はどのように急速に親密になり、急速に行き詰まり、そして一度ピークを過ぎると後は精神的な共食いを始めるまでに幾らも掛からないということを、我々は(身をもって、切ないほどに、そして哀しいほどに)知っている。
だから、我々は(少なくとも私は)ネットで深く語り合うこと辞めた。深く呟くことはあっても、それはパフォーマンスの一環であり、他者とのディープな関係性・対話は求めていない。
ネットは無から金銀財宝を生み出す錬金術装置ではないし、リアルと切り離されたリアルとは違う自分を生きることのできる夢の世界でもない。
アタリマエと言えば実にアタリマエだが、それがネットに熱狂し、狂奔し、奔走し、翻弄された上での自分の結論である。
しかし、それでも、それだからこそ、今でも信じていることがある。
ネットワークが運び繋ぐのは、データだけではない、と。

「嗚呼、僕の歌声が、闇を照らす光でありますように(by鏡音レンの暴走)」

村上春樹はエルサレム賞の受賞を「ORの発想(二者択一)」ではなく、「ANDの発想(対立する二項を、より上位の発想・概念で一度に解決する)」で見事にやってのけた、こんなことを世界を舞台にやってのける日本人は春樹くらいしかいねーよ、みたいな話もしつつそろそろ収束する方向にゆかなければならない時間がやってくる。
ちなみに全文訳は→ http://www.47news.jp/47topics/e/93925.php
ちなみに、いまこの文章を書いている私も、睡眠時間的に収束に向けてやっていかないといかない状況(=4時半過ぎ)に陥っておりますが何か。
んで、田中さんの奥様に「10年後にまた来ます」と言って(前回お会いしたのは10年くらい前だった)泥酔しつつもクールにおいとまする。

「あなただけが使えるテクニックで、とかちつくちて、とかちつくちて!(ニコニコ動画流星群.ほんこーんVer)」

横須賀の街並みは、私のよく知っている逗子や葉山あたりの街並みとよく似ている。
iPodで大きめの音で音楽を聴きながら、ゆっくりと徒歩でトンネルを抜ける。見えない自由が欲しくて、見えない銃を撃ちまくる的な、そんな少し古いの歌のフレーズがふと浮かび、意味もなくトンネルの壁を小突いてみる。
酔っているせいか、軽く小突いただけの右拳が予想以上に痛くて、思わず一人で笑ってしまう。
そして、トンネルを抜けた先にある自動販売機で缶コーヒーを買って、ハチワンのようにゴキュゴキュと飲む(珈琲伝説でないのが非常に残念だが)。
iPodから流れるのは、景山ヒロノブだったか、ほんこーんか、それとも棒人間か。ただ、とにかく喉を焼く熱いコーヒーと、頬を撫でるひんやりとした夜気と、深く暗い空がひどく気持ちよかった。

「君を知ったその日から、僕の地獄に音楽は絶えない(by創聖のアクエリオン)」

そして京急に乗り、品川で山手線に乗り換えるはずが、軽く泉岳寺まで寝過ごしてみる。
23時過ぎの過密乗車の山手線車内ではiPodのボリュームをさらに上げ、時折途中で買ったミネラルウォーターをゴキュゴキュと飲む。
新宿の薄ら明るく煙った空を見ると、汚いなぁと思いつつも「帰ってきた」と安堵してしまうのは何故なんだろう?
「『新宿には空がない・・』て、思うじゃ〜ん?」
唐突に誰かの声で、そんな台詞が浮かぶ。

事務所に寄り、急遽入った仕事を軽くやっつけるつもりが意外に苦戦し、結局終わったのは3時前だった。
帰りのタクシーから見上げた新宿の空は、やっぱり極めてインチキくさく、どうしようもなく下品だった。
それでも、運転手と会話するために片耳だけ付けたiPodから流れる音楽を聴きながら見るその空は、なんだかんだ言いつつ実はそんなに嫌いじゃないな、と思ったのだった。

モットワイルドニ、モットクレイジーニ

「自分でカイシャ作って、それでもツマンナかったらもう首括るしかねーな」
起業当初の何もかんもゼロに近い状態で、何やっても新鮮で面白くてしょーがないとき、上の台詞はヒジョーにポジティブなトーンでもって自らの内に発せられていた。
しかし、2年も経ってくるといろいろ面倒なコトやらややこしいコトやらが増えてきて、ふと気が付くと「えっ?もしかしてオレ首括んなきゃダメデスカ?」みたいな状態になっていたりいなかったり。
いや、何が一番ストレスかっちゅーとやっぱ『ちゃんとしなきゃイケナイ』ってことなんだよね。カイシャも出来て2年近くなりマス。人も10人近くなってきマシタ。取引先にもちゃんとしたトコロを見せなきゃイケマセン。そりゃもう御尤もで、返す言葉もゴザイマセンよ。だからこそ自分自身ちゃんとしようとしたり、いろんなところにブレーキを掛けたり、気を遣ったりしてるつもり・・だったんだよね。自分的には。
で、それも結局は中途半端でどう考えても上手くいってるとは思えない上に、自分自身の中のモチベーションみたいなモノも萎えてきちゃって、過去にオノレが発した冒頭の台詞がグサグサと心の臓に抉り込んでくるような日々を過ごしていたワケですよ。ぶっちゃけココ数ヶ月わ。

でもね、よくよく考えると『ちゃんと』なんかデキルワケねーんだわ。
だって、既存の仕組みがシステムがカイシャってモンがどーにも気に食わなくて、苛立たしくて、もっと絶対にイイ方法があるハズだと思って、じゃー自分でやってやるよって実際に始めちゃったような人間なんだから。
確かにカイシャっての経済活動だ。ヨソサマと取引することによってのみ生き長らえるコトのできる、あるイミ究極にソーシャルな存在だ。だからこそ、あんまりイカレたコトや不義理なコトやってると一瞬で誰も相手にしてくれなくって、(世のニュースに幾らでも例を見ることの出来るように)その生命をあっとゆー間に終えるコトになる。だから、ちゃんとしてるフリはしなくてはならない。ちゃんとしてる風は装ってなくてはならない。そんなコトは100もショーチだ。(あー、コレあくまでモチロン私人として詩人としてだからね。公人としての発言じゃないんだからねっ!)

けれども、なんで『今(のカイシャってことね。周辺関係者含めると実に10人以上の人間が日々の糧を得ているんだから、よくよく考えるとすげーことデス)』があるのかっていうと、そんなこととは別次元の何か、もっと熱くて不条理でドロドロとした何かがまず最初にあったからなのだと思う。
全部自分でやったなんて言うつもりは今も今後も一言も言うつもりはない。自分はただ、少しばかりシステムについて知っていて、デキル技術者と技術者に向いてそうな人間を見る目が人より少しあるくらいだ。そこに、仕事を持っている人間と、人を繋ぐ人間と、全体を最適化しチューニングできる人間が集まり、結果として今があり、さらにこれからがある。例え、仮に妄想だか勘違いだかわからないナニカから始まったモノだとしても、我々には今があり未来があるんですよ。面白いことに。(「オソロシイことに」でも「タイヘンなことに」でも、なんでもいいケド)
集まったヤツらは、決してココが『ちゃんとしてる』からなんて理由で集まったワケではないはずだ。もちろん、各人の理由があり、野望があり、思惑はあるはずだけれども、ヒトが最後に動くのは理屈でも理論でもなく、頭のてっぺんからツマの先までに響くナニカであり、ココロの琴の線に触れるナニカがあるからだと信じている。

えーと、だから何が言いたいんだ。掛けてる時間と飲んでる酒量に比して、明らかにアウトプットされている文章が少ないのだけれども。まだスクロールバーが出てないって、ホント空回りにも程があるんじゃないかと・・。
まあいいや。とにかく、『ちゃんとする』ことを第一義に置いた活動なぞ糞喰らえだと、遅まきながらようやく気付いた次第なのであります。ようは、仮に誰かがちゃんとできなかったときに、ちゃんと(軌道修正)できるシステムを作ればいいんでしょ。だったらもうできてるし。てゆーか、そもそも最初かそうしてるし。
そして、だからこそ、己の中に勝手に解釈したストッパーを置いて、結果として自身のイキオイを弱めるよーなことしてもまるでイミないんだよね。止めるのが自分ってのはホント意味ない。人間の脳味噌的に考えると、どうでもいいとこだけ遮って、ホントに止めなきゃいけないところで止まらない可能性があるんだから。
だから、つまらん心配はヤメル。制御機構は外に置いて、やりたいようにやってやる。グレンラガン風に言うならば「お前を信じる、俺を信じる」だ。自分すら信じられなかったら未来なんて照らせやしない。

そして、我らが愉快な仲間達(狭義な意味でも、そして果てしなく広義な意味でも)に求めることは唯一つ。己の中の想いを、衝動を、狂気を、ウチに秘めたる熱いナニカを、ドロドロとした不条理なナニカを、忘れずに、消さずに、諦めずにいて欲しい。どんなに面倒くさくっても、生き難くってもそれが一番『自分』なのだから。ただ、もちろん普段はそんな危なっかしいモノを持ってるなんて、おくびにも出しちゃいけない。てゆーか迷惑だから出しちゃダメだ(笑 日常は極めてフツーに穏やかにまっとうにクレバーに過ごしつつ、ケド、己の中のナニカだけは常に研ぎ澄まし、絶えず磨き続けて欲しい。
いつの日にか我々は『ソレ』を必要とする時が来る筈だから。なければ無理矢理作ってやる!だから、いざ鎌倉のその鬨の声が掛かるまで、己だけの武を研鑽し続けて欲しい。

「上手くゆく訳がない」「無理に決まってる」「たぶん失敗すると思う」。何かをしようとする度に、一部の人々からはそんなコトバを(おそらく心配や好意から)掛けられ続けられてきたが、幸いにして無事になんとかやってゆけている。これは私が特別に幸運で強運だからという訳でもなく、ただ単に、世の中というモノが世間一般の思う以上に懐が深いというそれだけのことだと思う。
ただ、それは幾らコトバで言っても伝わることはないと思う。だから我々は、もしこれからそんな言葉を掛けられたらニヤリと笑ってこう言えば良いんじゃないかなと。
「まぁいろいろ大変だったケド、なんとかなったよ。世の中そう悪いモンじゃない」
そして、相手がこのケモノ道を歩けるだけのスキルとヴァイタリティを持ってる人間だったなら、逆にこっちに引きずり込んでしまえばいい。
時には相手にニヤリと笑ってみせるコトすら苦しい状況もあるかもしれない。ケド、そこで敢えて笑ってみせるだけの伊達と酔狂は、イキオイと心意気は、持ち続けていたい。だって、カッコイイじゃない。
そして、そのためにテメーの人生一本ブッ込むくらいだったら、安いモノじゃないかと。ヒトは必ずしも、何かをなす為に生まれてきたワケじゃない。ケド、もしかしたら何かをなすこともデキルのかもしれない。あるいは何一つ上手く行かず、何一つ成し遂げることもできずに終わるのかもしれない。
だったら、「お前の信じる、お前を信じろ!」

と、あくまで私人としての私は思うのですよ。あくまでね。

再開

作りかけては消し、作りかけては消し、とまるで賽の河原のように逡巡と悔恨を繰り返していたためらい傷だらけのブログをようやく公開する決心が付く。
まぁ決心なんていうと大袈裟なんだけど。ただ、自分の中で踏ん切りが付かない何かがあり、それが猫も杓子もひなげしも、とにかく何でも一億総ブログ化という流れにすら乗っかるのを留めていた気がする。

公開に対する不安があったワケではない、と思う。
こちとら悪いけど、十数年前にイチヨンヨンとかニッパッパのモデムがノイズを撒き散らしながら電話線の彼方で掻き集めた情報と意志と妄想を、ログカッターでどうにかこうにか整形し、おずおずと異世界・異世代交流を始めた頃から既にネットに慣れ親しんでいたのだから。
熱しやすく暴発しやすいネットでの対人関係・距離感とか、馴れ合いとパブリシティの狭間の苦悩とか、クローズドなコミュニティで起きやすい義務化された関係性での避けようもない陳腐化とか、そんな今もリアルでmixiでドンパチ・ワショーイやってそうな議題も、こっちは十数年前にとっくに通り過ぎてきたつもり・・である。

「じゃあ一体何が?」と考えてみると、やっぱり一番大きいのは自分のリアル(梅田センセイ曰く「こちら側」の自分)と、ココで管を巻いているオンラインの何か(「あちら側」。ネットで語ると、逆になるけど。あれ、本でも逆だっけか?)との関係性を消化しきれないからなのかなと。
十数年前に従量課金制のパソコン通信の世界に生み出されたあのパーソナリティは、リアルなワタシとの関係性なんか一ミリも考えちゃいなかった。
閉塞した(と思い込んでいた)世界に蜘蛛の糸の如く垂らされた一本の電話線の向こうには、拙く方向性も定まらないままリビドーのままに放たれたメッセージを、確かに受け取り(時には書いた当人以上に)理解し、投げ返してくれる存在があった。
キャッチボールを覚え立ての子供のように、自分が投げた球が相手のグローブに吸い込まれた瞬間の小気味よい乾いた音に驚愕し、投げ返される球の掌に伝わる衝撃に戦慄した。
そこにリアルなワタシという全うな疑念が挟まる余地はなかった。ハンドルネームという情報量の少ない識別子に、回線に載りきらないほど想いのたけをぶつけた結果、ドット絵のような抽象化されたキャラクターが幾つも作り出された。彼らの織りなすストーリーとアドリブに日夜狂喜し、ときには自らも参戦した。
しかし、時代は巡り、2Dドット絵師たちは職を追われ、3Dポリゴンによる物理演算と美麗テクスチャが大きな価値化のひとつとなった。
・・もとい。オンラインにおける抽象化・キャラ化という指向性は今も昔も変わらないのだけれど、その背後にある「リアルなワタシ」と結び付く可能性が飛躍的に高まったんじゃないかと思うのだ。
ネットで「オイタ」をした輩がヲチされ、祭られ、晒され、暴かれ、最後はぺんぺん草も生えないなんてのは極端な例だけど、昼間仕事で知り合って名刺交換したばかりのnさんの名前を、ググッたりmixiで検索したりしたら、違う何かと邂逅してしまう可能性もあるということだ。
それが幸せなコトなのか不幸なコトなのかはよくわからない。ただ、「リアルなワタシ」がネットのこちら側に意図せず「引っ張り出されてしまう」というのはかつてはなかった構図だと思う。

自分の場合、十数年前に「ネットの方」をガーッとやって、それでピークまで行ってしばらく断絶し、今度は「リアルなワタシの方」をワーッとやっているウチに、ふと気が付いたらいつの間にかネットワークの方が「ソーシャルでござるよ」とか言い出して、その整合性を埋めなきゃ真に楽しめるようには出来なくなっちゃったんじゃないかなと。
それはまあそういうモノだと頭で理解しても、なかなかそうなれるハズもなく、気が付けばこんなに時間が経ってしまっていたんだけど。
それでも語りたい何かがあり、いや、あるような気がし、その何かを引きずり出そうとこんなワケのわからん時間まで悪戦苦闘し、結果、当初書こうとしたことは三割でストップし、横道に逸れたまま戻って来れずタイムリミットで収束させようとしているという顛末だったりする。

でも、やっぱり書くのは楽しい。
ケツイとかカクゴとかシシンヒョウメイとか、ここにいたるイキサツとか、まあ別に無理に書く必要はないか。
また、ここに戻ってきた。
そして、ちょっくらまた始めてみようかなと思ってみたり。

ファイナル・リーマン

本日サラリーマン最終日。
まず現場最終日。これはここ2年間で何度も経験してきたことなので、いつものごとく。直前までバタバタと作業があり、あれも残したい、あの人ともう少しゆっくり話したいと思いつつも怒濤のように時間が流れタイムアップに。
けど、押さえるべき人は押さえ、今後も付き合ってゆける土台は作れた。あとは、タイミングとか勢いとか相性とかそういう諸々次第でしょう。なんか恋愛みたいだけどね(笑
まあ、mixiもあるし、自分のサイトもあるし(認証掛けた某所同窓会コミュみたいの作りますよ)、ゆるやかに交流してゆく下地はいろいろあるのじゃないでしょうか。

で、定時後慌ただしく現場を離れ、同じ現場の女の子と一緒に退職手続きを行いに本社に向かう。
本社での対応は、噂に聞いていたとおり呆れるほど淡泊だった。そのそっけなさをネタに2人で笑っていたのだけれど、1人だったら結構ブルーになったのではとも少し思ったり・・

雑談も語りもなく、体よく本社を放り出された後、私はひとり都庁通りに向かった。
19時を少しまわったばかりの空は、吸い込まれるように青く、そしてほんの少し寂しく悲しい暗さをしていた。両手を上げ、大きく伸びをしながら空を見上げると、二本の大きな高層ビルが薄暗く青い空にまっすぐに延びているのが見えた。
仰ぎ見た青暗い世界は漠たる広さと可能性を感じさせ、同時に、七月末だというのにうっすらと肌寒い空気は心の奥にひた隠しにしている小さな不安を微かに揺らした。
「自由ってのは、こういうことを言うんだな」
と、唐突に思った。

空から視点を戻し、暮れかけた大好きな新宿の無機的なビルたちを眺めながら考えた。この記念すべき日に、何もしないで帰るなんて勿体ないことはできない、と。祝杯をあげなければいけない、と。
ゆっくりと歩きながら幾つもの祝いのパターンを考え、携帯電話を手に取った。数コールで、嫁と娘の元気な声が聞こえてきた。数十分後に落ち合う約束をし、私はそのまま再びゆっくりと歩き続けた。

NSビルやKDDIビルのある辺りまできて、私は自分自身が非常に腹を空かせていることに気づいた。
嫁たちが来るまでにまだ結構時間があるので、近くのドトールに入り、ホットカフェラテとレタスドッグを頼んだ。
出来たてのレタスドッグをむさぼりながら、何通か来ているメールにぽつぽつと返事を書く。
最後の現場で仕事は一緒にしていないけどたまたま意気投合した人、同じ会社の同じ所属の人、かつて働いた現場のプロパー、前の会社の同期、未経験から一年掛けて育てた部下、いろんな人がいろんな言葉で何かを語りかけてくれていた。
ちょうど二年前、同じように会社を辞めたけれど、そのときに比べて、いまの自分は遙かにたくさんのモノを持っているんだなと感じた。
二年前に比べると、より無茶なことをやっているなと不安に感じることもある。と、同時にどうということもないという気持ちもある。
さっき見た空と同じだな、と思う。そして、自分はどこまでゆくことができるのかと考えたら、噛みしめたような楽しさがじんわりと滲んできた。

既に暮れゆく新宿の街並みを、待ち合わせ場所のバスターミナルに向かって早足で歩き始めた。
階段を上ると、ちょうど娘と嫁の後ろ姿が見えた。
まだ気付いていない二人の背後に駆け寄り、驚かさないように軽く肩を叩いた。
少し寄り道をしてから、甲州街道の裏のお気に入りのパスタ屋に行き、グラスワインで乾杯しよう。そして時間を気にしないで、ゆっくりとパスタとピザを食べよう。
そう心に決めながら、笑顔の二人に「ただいま」と言った。

#途中からなぜ小説風?しかも偽春樹?>自分

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